医薬医療品レギュラトリーサイエンスを考察

レギュラトリーサイエンスという言葉を聞いたことがあるだろうか。

最近発表された提言について

それでもリスクは出てくる

こうしている間もPMRJといった機関によって医薬品医療機器に関する研究は続けられているが、例え綿密に調査をしたからといっても、どうしても例外的に薬の副作用というリスクは出てきてしまう。保障された安全ではある、だが絶対という言葉を使用することはない。この世界で絶対といえるようなものは存在しないと考えるほうが普通であって、医薬品や医療機器についても使用する人の体質や特徴などによって副作用が発症しやすいかしにくいかがはっきりと出てくる。こうした点が未だ改善の見込みが無いため、欧米諸国と比べるとまだまだ後進的な位置に甘んじている日本だったりする。水準が低いわけではないが、技術や知識といった面では先進国に追いつくまで中々その域に達することが出来ずにいるため、産業としてみれば歯がゆいところだろう。

医療関係の事故は最近でも日常的に起こっている印象がある。今回のテーマとは少しかけ離れてしまうが、最近だととある大学病院の医師が腹腔鏡手術による事故を始めとして、日本の医療も何かと色んな意味で話題を放っているが、大半は良い意味ではない。

断言するはずもないが、一般でも使用できるように市場に流通するような商品の場合、使用上の用法をよく守っていれば副作用の発症を極端に心配する必要はないと言える段階に達したからこそ、販売しているはず。にも関わらず適切な使い方をして人命に係る事故に発展してしまえば、その時点で協会としての信頼が地に落ちてしまう。こうした問題を解消するためには原因を特定し、解消するためにはどうしたらいいのか、また今後どのようにして日本の医療を進歩させていくべきなのかという点も合わせて議論されている。

そんなPMRJだが、3年前にこのような調査結果を発表しているので、少し見てみよう。

お薬飲んでますか

副作用の定義を改める

この時行われた提言において重要とされたのは医薬品の副作用に関してだ。専門家、及び欧米諸国へと旅行して薬局を利用したことがある、もしくは現在滞在している人といった一部の日本人は知っていることだが、薬によって引き起こされる副作用の『定義』が日本とは異なっているという。ただこの定義、資料などの情報を参考にしてみると差異が生まれた原因としては医薬品に関してのガイドラインの内容を誤訳したため、とも考えられる。日本語訳と英語原文で記された内容で相違があると言われており、日本人ならではの解釈で医薬品の副作用について間違った解釈が行われてきたという。

具体的に何処が違っているのかだが、そういった点をいくつか挙げて考察してみよう。

日本の医療

副作用という用語について

副作用という言葉、この用語そのものがどの程度かけ離れているのかというと、一部の言葉が欠けてしまっている。

副作用について(ICHガイドラインの場合)
医薬品に対する反応とは、医薬品と有害事象の因果関係に、‘少なくとも合理的可能性があること、つまり、因果関係を否定出来ないこと’を意味する
副作用について(厚生労働省の邦訳において)
医薬品に対する反応とは、有害事象のうち、当該医薬品との‘因果関係が否定出来ないもの’を意味する

こうして比較してみると分かるのが『少なくとも合理的可能性があること』という部分が丸々抜けてしまっているため、どことなく意味合いが少し違ってきてしまっている。この言葉があるかないかだけで、使用した医薬品の副作用という可能性が高いということを証明して危惧していると強めた言い方になってしまっている。

警鐘を高めたいとした意図があったからこそなのかもしれないが、これにより日本で巻き起こっている医薬品問題としてあげられている『副作用問題』が拡大している。実際、使用している薬についてインターネットで調べてみるといろいろな情報が出てくる、その中には副作用としてこんなことが起きるという専門家が監修していない、非公式のサイトが乱立しているため、そんなサイトを見て不安にかられて症状が良くなっていないのに服用をやめてしまった人もいるのではないだろうか。

実際、筆者も服用している薬を見てみると副作用としてこんなことが起きると説明されている。実際に起きた人がいるかもしれない、最近でいうところのまとめサイトとして紹介され、このことに関し賛同するような意見などもご丁寧に並べているため説得力があるように見える。親切心かただ騒動発起をしたいかという心理は見えてこないが、こんなものを見せられたら服用を辞めたくなってしまうのも無理はないだろう。状態が悪くてもそうなりたくないという思いが強くなれば、例え体調が優れなくても薬を使用したくないという気持ちに勝るものはない。

疑惑と真実

この提言によって一番の問題点としてあげられているのは、現在の日本における副作用の定義があたかも必ず発生するという『真実としての断言』をしている部分にある、それに対して国際的に利用されているガイドラインには『疑惑』というニュアンスめいた内容となっているため、どちらを信用するべきか。日本人の感覚としてはお上のいうがままにと妄言を吐く人もいると思うが、デマカセだとしてインターネット上で独自考察による信ぴょう性の欠片も感じられない野良サイトまで乱立する事態に発展している。

基本インターネット上に見られる情報を鵜呑みにしてはいけないものがほとんど、参考にする分にはいくらでも構わないが、本当に疑問に感じることがあればまっ先に専門家に尋ねたほうが懸命だ。それを最近の人達は何かと自分解釈、ネット社会に見られる情報がまことしやかに信用できるものだと疑わない人もいる。また友人などから伝播された噂を信じるといったこともあるだろう、そういうことをされると個人的にはた迷惑でしか無いのだが、中々こういった迷惑行為は根絶されないものだとただ傍観しているに越したことはない。

そして今の日本で起きている問題の1つとして上げられる疑惑と真実だが、副作用の定義は全て因果関係のもとで真実と断言している、また安全対策上の問題として報告する際に可能性を示唆する内容は認められないということもあって、定義としてニュアンスを匂わしてはいけないとされている。因果関係がはっきりと証明されていないのにあたかもこうだと定義してしまうと、正しい使い方をしているはずなのに医薬品の服用についての副作用も怖くなってしまって使用できなくなってしまう。